(人間関係 その12)「死ぬ」ということ

生まれたら、いつか死ぬ。

当たり前ですが、人は愚かですから、生活の中では、あまり死を意識して行動していません。

テーマが重すぎて、上手く書く自信がありませんが、あえてチャレンジしてみます。

「死にたい。」

「生きている理由がない。」

気持ちが極限までマイナスになっている人はいるでしょう。

私の考えでは、以前に少しだけ書きましたが、

人間は何故生まれたか?

→死ぬためです。

これが答えだと思っています。

違うと思う方は多々いるのでしょう。

でも、私にはそうなりました。

マイナスにとらえたら、死のう。となります。

私の考えの中に「死ぬため」という言葉に、自ら命を絶つことは入りません。

与えられた命を全うして死ぬことを前提に、書いた一言です。

精一杯生きて、最後に自分を褒められる人生を作ることを生きている間にしないといけないのです。

人間が生きて死んでいく中で大切なことは、大切な人間関係を構築すること。

人間だけでなく生き物、過去の遺産などいろいろなものを大切にしなければいい人生にはなりません。

1人でもいいから、大切に感じてくれる人間関係(動物でもかまいません。)を作る。

その関係を最大限まで大切に深く出来る努力をし続けることで人生は完成するのではないでしょうか?

私のブログ隅々まで見たら分かりますが、人間としての良さも悪さもあります。

ブログは心の解放でもあるから、自分の思うまま書きますから、自然に汚い部分も見えてしまいます。

この記事にたどり着き、深刻な方もいるでしょう。

従って、安易な内容には出来ません。

まず、自ら命を絶つ行為は生まれたこと及び死ぬことに対し、最大の無礼です。

最初に書いた「死にたい」「生きている理由が分からない。」ですが、

逆に何故ですか?

何故生まれたのですか?

答えはひとつです。「あなたは愛されるために生まれた。」のです。

分かりますか?

存在価値ない?そんなはずはありません。

愛されるために生まれたから。

分からないといけないのです。

例えば、この記事を見てもらえた自分には、あなたは大切な人です。

こんな自分の記事を見ることに時間を割いてくれた人に感謝しないはずがありません。

今が不幸でも、努力し、やがて環境が変わった時に、幸せになることが出来ます。

人を幸せにし、大切にする気持ちがあれば、きっと。

生きて死ぬまでにどれだけ親しい関係が作れるかです。

人生の目的は。

どこかの哲学者が書いたの見たのですが、「人が死ぬ時は、この世の全ての人の心の中から消えた時」だそうです。

この言葉は、非常に心にきました。

人生をいかに送るかを問われています。

この言葉は、生きて死んでいくことの真実を言っているような気がします。

時に、立ち止まり悩んだりするでしょう。

でも、日々、とにかく一生懸命生きる。

それしか、出来ることないのです。

突き詰めると、それが死ぬことに最終的に繋がっていきます。

テーマが重すぎてやはり上手く書くことが出来ないです。

あと、上手く自分で考えてね。という気持ちもあり、意識的に飛び飛びで書いてもいますが。

ただ、壮大なテーマ掲げて、内容イマイチだな。失敗でしょうね。

けどいい。

何か無理矢理でもプラスにとらえて価値を見いだして下さい。読むのに時間使わせてしまいましたので。