東京消防庁 ハイパーレスキューの中越地震の救出について

 震災被害にあわれた方には、つらいことを思い出す場合がありますので、ご自分で考えたうえで記事をご覧下さい。

 

 中越地震の時に、道路が大規模な崖崩れが起こり、巻き込まれた車の中にいた2歳の男の子が東京消防庁のハイパーレスキュー隊に発生から100時間近く経過した時に救出されました。

 

 私は、当時、生放送で救出作業を見ました。

 

 今まで生きてきて、あれほどの衝撃を受けたことはありません。

 

 心から震えた人間の行動でした。

 

 本当に素晴らしい結果だったのかと言うと、救出された子のお母さんは即死だと思います。

 そんな残酷な事実もあり、まだ冬の中越で100時間も1人で耐えた。2歳で経験するにはあまりに酷です。

 1人助かったのは確かですが、残りの同乗者は亡くなっている。

 この事実は事実として消えなことで、心につらいものは残りますが、この記事ではその件は何も言うことが出来ないので触れません。

  

 救出の一部始終を生放送で見ていたのですが、見るだけでも考えられないくらい恐ろしい場所です。

 余震来たら、崩れるし、一般的に見て生存者がいる可能性などないと思うほど悲惨な状況でした。

 生存確認に行くだけでも、命がけなのです。

 命をかけてまで救出することは、プロはやってはいけないはずだと思っていた自分は、何を考えているのか?と感じました。

 ずっと働いていくうえで、この先多くの人命救助が出来るプロは、いかなる場合も命をかけてはいけないはず。

 いろんな考えがありますから、正解はないでしょう。

 

 ただ、あんなに心が震えたことはない。何てすごいんだ。

 人間の行動の究極なのだと思います。

 

 あの現場で、生存を確認し、崩落しないように手で掘る。余震は頻発。夜が迫り、猶予もない。

 その中で、一番細い隊員がライフジャケットをぬいで、内部に入っていく。

 そして、かけがえのない命を助けた。

 

 正直言って、結果オーライです。

 二次災害に巻き込まれ、多くの隊員が命を落としたら、活動が制限されたり、組織が無くなるリスクもあります。

 もちろん、自分が同じ立場なら同じことすると思います。(実力がないから器ではありません)

 

 私は、あの出来事は人生に大きな影響を与えました。

 無責任な言い方ですが、仕事に命をかけ、人間本来の取るべき行動が仕事の中で出来るというのは、うらやましいですし、尊敬します。

 

 生きて死んでいくまでに、何が残せるか。

 あの時から、ずっと考えています。

 決して、あんな素晴らしい行動が出来ることはないでしょう。

 自分なりに頑張らないと。って思った。

 まずは大切な人を大切にしようと思った。

 交差点を老人が渡る時に、付き添ったり、自分の出来ることしようと思った。

 

 人の心を震わせ、人の人生を良い方向に向けるのは、心ある行動を見せることなんだな。とは気付かせていただきました。

 

 私は、東京消防庁のハイパーレスキュー隊は、世の中の人間で一番尊敬しています。

 

 原発事故の放水という恐ろしい任務を終えた後のインタビュー。忘れることは出来ません。

 命を預かっていると本当に思っている上司の、つらい面などが伝わってきます。

 

 日々、命と向き合っているからこそ、あそこまで立派な人格者になるのでしょう。

 退職後の講演会の映像なども拝見していますが、技術と知識に加えて心がないと出来ないことです。

 

 今さら仕事であんな素晴らしい実績を残すことは、私にはありません。

 出来ることをしようとは思いました。


  

 数年前に救出された子が大人になって、語った記事を見ました。

 つらい思いもしたけど、助かり、周りにも大切にされ、良かったなって感じたことを覚えています。

 

 偶然にその記事を見たおかげで、全員助からなかったという事実が心から軽くなりました。

 

 つらいけど、あの映像はたまに見ます。

 自分の人生に大きな影響を与えましたから。

 

 あの現場に生存者確認に行く行為は、本当にプロの仕事か、未だに悩みます。

 多分、プロだから生きているかもしれない。って思ったのでしょうね。

 

 やっぱり、人間って簡単に死んではいけない。

 誰でも生きている価値ない人なんていない。

 あの時、死ななくて良かった。そう思う時は必ず来る。

 だから、命は大切にしないといけない。